【2023年度】西之京瑞饋神輿保存会でのインターンシップ授業に関するご挨拶

 皆様初めまして。立命館大学文学部教員の松尾卓磨と申します。平素より「ずいき日和」をご覧頂き誠にありがとうございます。
 本日より約1か月間、インターンシップ型の実習授業として夏集中科目「人文学特別研修」を実施します。本学の教員と学生が長年お世話になっている西之京瑞饋神輿保存会の皆様よりお力添えを賜り、西之京瑞饋神輿の製作から巡行までの体験を通じて地域の伝統行事について学びます。
 今年度はわたくし松尾が授業を担当し、同じ文学部京都学クロスメジャー教員の田中聡先生、西之京瑞饋神輿について研究を続けてこられた東京大学三枝暁子先生にサポート役として授業をバックアップして頂きます。
 この「ずいき日和」では、受講生である2名の学生が瑞饋神輿の製作と巡行の様子について記事を執筆します。懸命に取り組み、発見や学びについて分かりやすく発信できるよう教員ともども心がけますので、どうか温かく見守って頂けますと幸いです。
 短い期間ではございますが、どうぞよろしくお願いいたします。

西之京瑞饋神輿保存会の皆様、有り難うございました。

このインターンシップを担当した立命館大学文学部教員の田中聡です。

今回の当科目について、ひと言お礼を述べさせて頂きたく存じます。

本授業(京都学フィールドワークⅤ)は、受講生が実際に保存会の皆様がずいき神輿を作り上げられる過程をお手伝いさせて頂き、またお話を伺い、西之京地域の歴史や文化・伝統について実地で深く学ぶというものです。

本ブログ「ずいき日和」の開設は2012年9月で、以後2019年まで毎年、受講生や担当教員が神輿作りの工程や、保存会の皆様から伺った貴重なお話、お祭り当日の様子などについての記事をアップしてきました。参加した学生は、地域社会と向き合う姿勢やものの見方など、本当に多くを学ばせて頂き、卒業後も毎年のお祭の時期には会所に伺い、お手伝いをする等、単なる一授業ではなかなか得られない交流も生まれています。

これは我々にとって貴重な財産です。

ところがコロナウィルス感染状況の拡大により、対面での作業を伴うなど、濃厚接触の可能性が大きい実習系科目がほぼ開催できなくなり、2020年度は残念ながら本科目も閉講せざるを得ませんでした。

今年に入り、夏頃にはコロナウィルス感染が次第に収まる傾向をみせ、大学でも対面授業が部分的に再開されました。こうした状況に鑑み、保存会の佐伯会長とも相談させて頂いた上で、例年のように神輿作りに参加させて頂くのは難しいが、飾りを作っておられる保存会メンバーのインタビューをさせて頂き、また西之京地域の歴史を研究されており、このインターンシップの生みの親である三枝暁子先生(東京大学)に現地でのレクチャーをお願いし、その内容を「ずいき日和」にて公開させて頂く形で開講することと致しました。

こうした形はこれまでに採ったことがなく、実際に神輿作りを体験させて頂くことで得られる実感にはなかなか届かなかったですが、お話を伺い、現地を歩く中で知り得た歴史や文化の重みはやはり非常に貴重なものでした。

大変な状況の中で受講生の取材に真摯にご対応頂いた西之京瑞饋神輿保存会の佐伯昌和会長、荒田匡様、清水賢司様はじめ会員の皆様、七保会の宰領 吉積徹様、本当にお世話になりました。あつく御礼申し上げます。

三枝暁子先生、お忙しい中、受講生への詳細なレクチャーと助言を頂き、深く感謝致します。

皆様本当に有り難うございました。今後ともどうぞ宜しくお願い致します。

来年こそは、本来の姿のずいき祭が無事行われますよう、祈念致しております。

 

 

西之京周辺のフィールドワーク

受講生の北岡沙映です。

10/2(土)に北野天満宮御旅所で西之京瑞饋神輿保存会の荒田匡さんに、今年のお神輿の説明や荒田さんが作られた人形細工、ずいき祭継承への想いなどのお話をお聞きした後、御旅所を出発し、三枝先生にご案内頂き、田中先生と受講生3人で西之京周辺のフィールドワークをしました!

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(1)ここは、「北野天満宮御旅所」です。

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この場所は12世紀末に書写された「天神記」にその所在が確認されることから、

これより以前から西之京に所在していたと考えられます。

また、現在に至るまで西之京に住む人々の信仰の重要な拠点となっています。

この御旅所にずいき神輿が飾られていました。

 

(2)この場所はかつて「瑞饋神輿」の歴史とともに歩んできた神人の家・川井家住宅が建っていた場所です。

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上の写真がかつての川井家住宅の姿です。

このお宅は、紙屋川の西側に位置し、応仁元年(1467)に建設された、京都市内で最古の住宅であり、応仁の乱が起きても燃えなかったという言い伝えが残っていた建物でした(この写真の右側に応仁当時の棟があったそうです)。

これだけ歴史的な建物ですが、文化財としての指定・登録がなく、京都市の協力を得ることができなかったことから、元所有者が不動産開発業者に売却し、解体工事が進められ、マンションに変わってしまいました。

この建物を「もの」としてではなく「ここに住み続けてきた証」として保存し、残そうとしていた住人の方の無念が感じられます。

西之京の神人の人々、またその地域と歩んできた歴史ある建物だっただけに取り壊され、その建物が保存されることもなく、違う形になってしまったのが非常に残念です。

 

(3)ここは「安楽寺天満宮」です。

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この場所はかつて「七保」の御供所の筆頭「一之保」御供所でした。

御供所の発祥の地として非常に重要な役割をもつ場所です。

また、安楽寺天満宮はかつてほととぎすの彫物を納めていたことから、

「ほととぎす天満宮」とも呼ばれました。

また、安楽寺天満宮には「不動石」が祀られています(下の写真)。

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この不動石は、西之京神人たちが文安の麹座の合戦(1444年)に敗れて、

木曽福島(現在の長野県木曽町福島)に逃れる際にご神体を第四の保の北側の竹林に埋め、その目印として置いたといういわれのある石です。

 

(4)ここは、「西之京瑞饋神輿保存会集会所」です。

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この場所で毎年9月、夜19時から20時半までずいき祭のお神輿を作る

夜なべ作業が行われています。

西之京瑞饋神輿保存会の方々はこの場所を「会所」と呼んでいます。

 

(5)ここは北野天満宮の北側に残された「御土居」です。

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御土居とは天正19年に京都全域を囲い込む形で構築された惣構(そうがまえ)のことをさします。堀を伴うことも多く、「御土居堀」とも呼ばれることがあります。

御土居豊臣秀吉が京都を城下町化するために設けたと考えるのが共通理解となっていますが、江戸時代になると次第に洛外と洛中の往来の不便さから、撤去される例が増え、現在では数カ所しか残っていません。ここはその貴重な遺構です。

京都の西側の一条以北の御土居は、北から南へ流れる紙屋川に沿って設けられていますが、一条以南の御土居は紙屋川の流路から離れ、西側に向かって大きく屈曲しています(「御土居の袖」と呼ばれます)。西之京地域はこの屈曲部分でちょうど東西に分断される形となっており、豊臣政権による西京神人の支配と「袖」設置とを関連づける学説も示されています。

 

今回、実際に夜なべ作業に参加することはできませんでしたが、

西之京瑞饋神輿保存会の佐伯会長や荒田さん・清水さんにずいき祭に対する思いをお聞きすることができ、また、三枝暁子先生からずいき祭をはじめとした西之京地域の歴史について学び、現地を歩いて実際に確かめることができました。

私自身、このずいき祭のお神輿を見たのは初めてで、

お神輿を実際に間近で見たとき、1点1点が非常に精巧に丁寧に作られており

農作物や海産物で作ったとは思えないくらいの美しさに感動し、非常に感銘を受けました。

改めて西之京の方々が受け継いだ農作物や海産物に対しての「感謝」の気持ちを実感することができるお祭りであると思いました。

 

 

 

甲の御供(かぶとのごく)

受講生の森田梨菜です!

ずいき祭3日目の10/3(日)は中世の時代から西京神人が行ってきたとされている甲御供奉饌を見学させていただきました。

14時に御旅所にて神饌の奉納や祝詞奏上が行われました。(※例年は15時からだそうです)

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(奥に(左側)に北野天満宮神職の方々、手前に(西側)に神人の関係者が向かいあって並んで立っています。)

 

「甲御供(かぶとのごく)」とは?

神饌(神様へのお供えもの)の1つです。

 

1.赤飯を甲の形にし、菊の花を挿しているもの

2.栗を奉書紙(楮を原料にした和紙)で包み、四隅を水引で結んだもの

これらが神饌として、奉納されるものです。

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  赤い丸、1      青い四角、2

「かぶと」と聞くと、鎧、兜を想像します。しかし、この甲は想像しているのとは少し変わった形をしています。間近で見てみてくださいね。

 

また、「甲御供」は「桂川の戦い」に由来しています。

桂川の戦い」とは?

大永7年(1527)に起きた室町幕府12代将軍足利義晴細川高国の軍勢と細川晴元三好元長の軍勢による戦いです。

京都に三好元長の軍勢が攻めてきたのですが、西京神人が足利義晴を助け、撃退することができました!

その功績を将軍から賞されたことを契機に、3月3日、9月9日に「甲の御供」と勝栗を御前に供えるようになったのが、始まりです。

 

実際に奉饌のときに神人の代表者がとなえる祝詞には、桂川の戦いでの西京神人の活躍を讃えるというような内容があります。加えて、「神人の家内」「子孫の八十連」の安泰を祈るという言葉も出てきます。

 

私の耳にも、「大永七年」「七保の組」「9月9日」「桂川の戦い」「足利義晴」という言葉が聞こえてきました。

また、「桂川の戦いの勝ち」「大永」「供献ル」(そなえたてまつる)という言葉もしっかりと聞こえ、神饌が供えられる背景となった内容が祝詞の中で詠まれているということがよく分かりました。

 

身近に祝詞を聞く機会があまりないですが、わからないまま祝詞を聴き流すより、内容を知った上で、祝詞を聞く方がしっかりと意味を理解できますね。

神輿に目を引かれてしまいますが、3日目の甲御供奉饌もずいき祭の正式な儀式なので、こちらにも注目してみてください!

 

 

 

保存会のお二人へインタビューさせて頂きました

藤田晃平です。

10月2日と10月30日に聞き取り調査に行ってきたので、それについて報告します。

 

ずいき神輿は毎年西之京端饋神輿保存会の方々により9月上旬から中旬にかけての夜なべ作業を通して組み立てられます。

今回は保存会員のなかでもお神輿の桂馬・欄間の人形細工を担当されている7人のうち、荒田匡さんと清水賢司さんのお二方にお話を伺わせていただきました。

 

○荒田さん

10月2日10時、北野天満宮の御旅所にて荒田匡さんに聞き取りをさせていただきました。

荒田さんは保存会員歴18年で、入会して3、4年目から人形細工を担当されているそうです。前に人形細工を担当されていた、佐伯会長のお父様に頼まれたのが始めたきっかけで、題材は主に古典や昔話から選ばれています。

今年は宮沢賢治注文の多い料理店』のワンシーンと「蛇足」を製作されました。

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写真は「注文の多い料理店」ですが、色彩豊かに再現されており、農作物や干物のみで樹脂も使わずに製作されていると聞いて驚きました。

 

また今回特別に、この時期には保存会の方以外めったに口にすることができない、ずいきの親芋の煮付けを振る舞っていただきました(写真)。

親芋に出汁の味がしみていてとてもおいしかったです!

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また他にも手ぬぐいと北野天満宮のしゃもじ、お箸もいただきました。

 

1時間に及ぶインタビューの最後に、ずいき祭の継承についてのお考えを伺ったところ、荒田さんは次のようにおっしゃいました。

「ずいき神輿は観光客のためのものではなく、あくまで地域のためのものである。

これからも地域住民みんなで支えていきたい。」

この場を借りて改めてお礼申し上げます。ありがとうございました!

 

○清水さん

10月30日16時、ご自宅にて清水賢司さんに聞き取りをさせていただきました。

清水さんは2000年に保存会に入会され、2002年から人形細工を担当されています。

きっかけは中学生の頃に通っていた美術教室の先生が保存会に在籍しており、その縁から清水さんも大学卒業後に入会されたそうで、動機は人形細工を担当してみたいからとのことでした。

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今年は「スーパーマリオ」や「ハシビロコウ」、ずいき神輿本体とは別に作られる小型版の子ども神輿の四獣を製作されました。

 

とても野菜だけで作られているとは思えないほど躍動感のある人形ですが、その秘訣を清水さんに尋ねたところ、野菜を細かく切り貼りせずそのままの形を活かして使っているとのことです。

これにより、近くから見ると人形が何でできているかがわかり、遠くから見ても近くから見ても楽しめる人形ができあがるとおっしゃっていました。

 

ところで日本の古典や昔話を題材とした荒田さんや他の人形と比較すると、洋モノや流行の題材を扱う清水さんの人形は様子が異なるように思われます。

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実際清水さんが人形製作を始められた当初は、上の写真のようなピカチュウミニオンなど、ゲーム・アニメなどの題材を取り上げることに関して賛否両論があったそうです。

しかし主に子どもからの評判がよいとのことで、次第に認められるようになりました。

「ずいき神輿の継承には地域の子どもたちの存在が欠かせないため。いかにして興味を持ってもらうかということを常に考えながらテーマを選んでいる。」

清水さんはこのようにおっしゃっていました。

 

○おわりに

お二方とも製作のテーマに違いこそあれ、地域とお祭りに対する思いには共通点が見られました。それはずいき祭は地域の行事であり、住民が一体となって支えていくというものです。

私たち受講生は、ずいき祭の持つ歴史や伝統に目が行きがちでしたが、聞き取りを行うことで、地域住民とずいき祭の関係性も改めて認識することができ、とても勉強になりました!

最後になりますが、お忙しい中お時間を割いていただいた佐伯会長、荒田さん、清水さんはじめ保存会の皆様、本当にありがとうございました!

2021ずいき祭レクチャー inオンライン

初めまして!

2021年度受講生の立命館大学文学部京都学専攻3回生の森田です。

今年もずいき祭について発信していきます。

よろしくお願いいたします!

 

昨年度は新型コロナウイルス感染症の影響により、

双方の安全性を考慮した結果、学生の参加は中止となってしまいました、、。

しかし今年度は例年とは異なる形で、実施いたします!

 

まず1回目は

9/17(金)にゲストスピーカーの三枝暁子先生(東京大学)から、

zoomを用いたオンラインでのずいき祭に関するレクチャーをしていただきました。

 

・ずいき祭とは?

・西ノ京ってどういう地域?

・西之京瑞饋神輿保存会とは?

・ずいき神輿はどのように作られるのか?

 

などずいき祭の歴史や時代背景、共同体の方々について説明していただきました。

また、今回学生が参加できなかった夜なべ作業についても、

写真を交えながら、説明していただきました。

 

限られた時間ではありましたが、

ずいき祭についてしっかりと理解することができました!!

少なくとも中世までは確実な史料で遡ることが出来、形を変えながらも地域の人々の努力と熱意に支えられて現在にまで続いている、日本全体から見ても希有な祭です。

地域の方々、保存会の方々の思いを受けとり、伝えていけたらと思います。

 

次回は10/2(土)に

神輿の見学や周辺のフィールドワークなどを実施いたします。

更新をお待ちください!!

 

今年の「京都学フィールドワークⅤ」のメンバーは以下の通りです。

文学部3回生 北岡沙映・藤田晃平・森田梨菜

文学部教員  田中 聡

下記の写真はオンラインレクチャーの様子になります。

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巡行に参加してきました!

お久しぶりです、インターンシップ授業担当教員の三枝です。

夜なべ作業が終わって授業は一段落し、10月4日のずいきみこしの巡行日に、再びずいきみこし保存会を訪ね、巡行に参加してきました。

今回はその日の様子について、前半を三枝が、後半を受講生がお伝えします。

 

10月4日の朝6時30分に、私たちは夜なべ作業をしていた集会所を訪れました。集会所には、ずいき祭ののぼりが立っていました。

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集会所の北側にまわり、台所へ行くと、すでにおむすび作りが始まっていました。まかない係の北野さん・荒田さんは、私たちよりずっと早い4時50分に集合し、すでにお米をといで炊き上げる作業を始めていて、1回目のおむすび作りが始まっていました。下の写真は、荒田さんが3升炊きのお釜で炊いたごはんを蒸らしたあと混ぜているところです(奥にいるのは北野さん)。

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この3升炊きのお釜と、写真には写っていないもう1つの1升炊きのお釜とをフル稼働させながら、何度もお米をといでは炊いておむすびを作る作業ををくりかえします。巡行に参加する保存会メンバーとアルバイトのお昼ごはんとなるおむすびを、180個作らなければならないのです。

 

私たちもおむすび作りを手伝いました。

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テーブルに置かれたお茶碗1杯分のごはんを、三角形にむすんでいきます。手にお水をつけて、そのあと少し多めの塩をつけて、かたすぎずやわらかすぎないよう注意しながらむすんでいくのですが、形やかたさをそろえるのはなかなか大変です…。

 

できあがると、三角形の頂点の部分にごまをふります。

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途中、朝8時30分をまわるころから、集会所には保存会の会員さんたちが集まりはじめ、台所をのぞいて、「ご苦労さん!」と声をかけてくださいます。そして9時になると、全員、集会所の座敷に集まり、会長さんからごあいさつを受け、巡行のだんどりの確認等を受けます。それが終わると、まかない係は再びおむすび作りの作業に戻り、それ以外の会員さんたちは、集会所の蔵などからお旅所へ台車や轅(ながえ)を運びだす作業にとりかかります。

 

10時少し前に、おむすび作りの作業が終了したため、私たちは集会所を出てお旅所へと向かいました。お旅所に到着すると、子どもみこしの屋根をととのえている川本さんの姿が。屋根として葺かれている「ずいき」の表面が、酸化して茶色くなってしまうため、小さなナイフで切ってきれいにしていくのです。

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同様の作業は、子どもみこしばかりでなく、大人の引くずいきみこしにもすでに施されていました。

 

続いて、神輿殿にかざられたずいきみこしを、かつげる状態にするため、轅にとりつける作業が始まりました。お神輿の本体と轅を、紺色の太い紐でくくっていきます。このくくりが弱いと事故につながりかねないため、慎重に教え伝えられてきた「男結び」とよばれる独特のくくり方でくくっていきます。

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轅のとりつけが終わるころには、学生アルバイトがお旅所に到着し、会長さんからお神輿の特徴や今から行う作業の説明を受けていました。そしてとりつけ終わると、保存会のメンバーと学生アルバイトとが、会長さんの号令のもとで、お神輿をかつぎあげ、神輿殿から台車へとゆっくり移動させていきます。とても重そうです…。

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台車に載せられたずいきみこしです。

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ここまでの作業が終わるころには、午前11時になっており、昼食や着替えのため、会員さんもアルバイトもいったん集会所に引き上げて、12時30分出発の巡行に備えます。

 

 

12時30分、いよいよお神輿の出発です。ここからは、泉・芦田がお伝えいたします。

御旅所には、お神輿の出発を見届けようとたくさんの人が来られていました。

会員の方たちは正装に着替え、私たちは今回オリジナルで作成したTシャツに着替えました。

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巡行中、普段、歩くことが出来ない車道を歩いていることにとてもわくわくしながら、お神輿の後をしっかりとついて行きました。

 

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 巡行の際には瓔珞(ようらく)などの飾りが揺れ動きます。御旅所に飾られているときとは違う美しさをお神輿の後ろから堪能させていただきました。

 

写真は、千本丸太町を通過しているところです。

このような大通りを通行止めにして巡行していることから、お祭の偉大さが感じられました。

 

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御神酒を多くいただいた方の家や、保存会の会員さんのお家の前を通るときには、この「なりかん」を鳴らします。とても大きな音が鳴ります。

なりかんの内側には、「西京」という文字が彫られています。

 

途中で坂にさしかかると、一旦助走し、勢いをつけて坂を上ります。そして、坂を下る時には、後ろの人が全体重をかけてブレーキをかけます。

この作業がとても大変そうで、後ろから見ていてこちらまで緊張しました。

 

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これは、上七軒通を巡行しているときの写真です。

お神輿の出発する御旅所と、この上七軒は、見物する方の数がひときわ多いです。上七軒の匠会という飲食店の会が、誘導や整理にあたり、お茶屋さんの前でお神輿を止めて、見物する方々のため写真撮影の時間を設けておられました。

 

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その後、北野天満宮の東門前にて、お祓いをうけました。

 

様々な町内をお神輿が通ると、多くの人が手を合わせてお祈りされていました。

幼稚園や保育園の前を通ると、子どもたちがお神輿を待っていて、お神輿の大きさに驚いていました。

お年寄りの方から、小さな子どもまで、多くの年代の方にお祭の様子を見ていただけて、とても嬉しく思いました。

外国からの観光客も多くおられて、このような自然のものだけで出来ているお神輿を、とても興味深そうに見ておられました。

 

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また、巡行の日には、卒業生の方が3人も来てくださり、とても心強かったです。

岡山から来てくださった方もいて、強い絆を感じました。

たった半月の夜なべ作業と当日の巡行だけの関わりのように感じられますが、何年たってもこのお祭りだけは!と、卒業生がお仕事をお休みして駆けつけてくるくらい貴重で大切なものなんだとひしひしと感じられました。

今までの活動内容なども聞けて、新しく知ることも多くありました。

 

午後4時半ころ、巡行が無事に終わり、お旅所に戻ってきました。

お神輿を安置した神輿殿の戸を順にはめていき、閉じていきます。

 

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その時に、「すみ瓔珞」は外します。

 

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このすみ瓔珞は、芯になっている木の部分と、赤ナスなどの腐ってしまう部分があります。集会所に戻ると、それらを分類していく作業がおこなわれていました。紐をほどいて1つずつバラバラにしていきます。

 

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近づいてみてみると、すみ瓔珞のかさの部分にも九条ネギや水菜の種、白胡麻がびっしりと施され、ふちに千日紅も飾られているのがよくわかります。

 

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お神輿の台車や轅、巡行に用いた太鼓も、集会所の横の蔵などにしまいます。

 

夜なべ作業から巡行までの1か月、保存会の方々と一緒にこのお祭りに携わらせていただき、とても貴重な体験をさせていただきました。

こうした保存会の活動があって、お祭は長いあいだ続いているのだと感じました。

 

西之京ずいきみこし保存会の皆様、本当にありがとうございました。

 

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